2011年10月22日
心の角度
昨日、沖縄の某企業の代表ブログを読んだ。
書いてある内容は・・・・
国際通りの店舗写真を(わかるように)載せて皮肉の交じった中傷などブログ記事の9割が批判記事であった。
記事の殆どが「○○だ」「○○である」「○○だな」と言った感じで。
コメントする人もそれに賛同し重ねて中傷するブログ
だった。
企業の代表が、というより人として残念だなぁと感じました。
例えばこういうブログを子供が見たらどうだろうか?
自分のお店を写真で撮られ中傷されたら売り上げに響くのでは?
この記事を読んで喜ぶだろうか?
ということを考えるのはブロガーとしてのマナーであり大人(人)としてのマナーでもあると思う。
情報化社会の中で今やブログは単なる個人的な日記という枠にとどまらず、ビジネスにおいては立派な武器(情報ツール)と言える。
そんな武器を無料で手に入れ、無意識のうちに人を傷つけてしまう可能性のある現代では
一人一人の「モラルやマナー=思いやり」を今まで以上に持たなければならないと感じる。
ブログ以外、リアルな場所でもそう。
他人の気持ちを考え発言、行動する。
話一つにしてもそう。
話している途中で相手の話を断ち切る様な真似はしない。
会話本来のあり方(キャッチボール)を意識する。
挨拶も同じ
口じゃなく姿勢で行うもの。
人は感謝すれば自ずと頭が下がる
本当の感謝や願いであれば、その心が自ずと我を動かすでしょう。
僕の場合、常に言葉ではなく相手の眼や仕草(行動)でその重さを感じています。
本質とは今も昔も変わらぬ場所にあるのだと思います。
皆さんはどうですか?
明日から挨拶やお願いなど他人に接する際にいつもより深くお辞儀をしたり、いつもよりちょっと心を込めて姿勢に表わしてみてはいかがでしょうか。
その想いや姿勢はきっと、形を変えてあなたに返ってくると思いますよ。
***************************************
世の中、不景気なせいで心が狭くなってしまってるのかな。。
偉ぶってる人や他人の痛みを考えない人、もしも明日で命が終わるとしたら「人間らしい」人になるのかな。
こんな水牛に揺られながら時を忘れられれば変わるのかな・・・。
※オジーが水牛操りながら三線弾いてくれます。い~ですよ。本当。おススメです。


書いてある内容は・・・・
国際通りの店舗写真を(わかるように)載せて皮肉の交じった中傷などブログ記事の9割が批判記事であった。

記事の殆どが「○○だ」「○○である」「○○だな」と言った感じで。
コメントする人もそれに賛同し重ねて中傷するブログ

企業の代表が、というより人として残念だなぁと感じました。
例えばこういうブログを子供が見たらどうだろうか?
自分のお店を写真で撮られ中傷されたら売り上げに響くのでは?
この記事を読んで喜ぶだろうか?
ということを考えるのはブロガーとしてのマナーであり大人(人)としてのマナーでもあると思う。
情報化社会の中で今やブログは単なる個人的な日記という枠にとどまらず、ビジネスにおいては立派な武器(情報ツール)と言える。
そんな武器を無料で手に入れ、無意識のうちに人を傷つけてしまう可能性のある現代では
一人一人の「モラルやマナー=思いやり」を今まで以上に持たなければならないと感じる。
ブログ以外、リアルな場所でもそう。
他人の気持ちを考え発言、行動する。
話一つにしてもそう。
話している途中で相手の話を断ち切る様な真似はしない。
会話本来のあり方(キャッチボール)を意識する。
挨拶も同じ
口じゃなく姿勢で行うもの。
人は感謝すれば自ずと頭が下がる
本当の感謝や願いであれば、その心が自ずと我を動かすでしょう。
僕の場合、常に言葉ではなく相手の眼や仕草(行動)でその重さを感じています。
本質とは今も昔も変わらぬ場所にあるのだと思います。
皆さんはどうですか?
明日から挨拶やお願いなど他人に接する際にいつもより深くお辞儀をしたり、いつもよりちょっと心を込めて姿勢に表わしてみてはいかがでしょうか。
その想いや姿勢はきっと、形を変えてあなたに返ってくると思いますよ。
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世の中、不景気なせいで心が狭くなってしまってるのかな。。
偉ぶってる人や他人の痛みを考えない人、もしも明日で命が終わるとしたら「人間らしい」人になるのかな。
こんな水牛に揺られながら時を忘れられれば変わるのかな・・・。
※オジーが水牛操りながら三線弾いてくれます。い~ですよ。本当。おススメです。

Posted by 阿部由明 at 01:56│Comments(0)
│心の学校
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